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河川余話

Vol.27 川辺川物語 ~五木の子守歌~

川辺川と球磨川水系

川辺川は、熊本県と宮崎県の県境に位置する国見岳(標高1,739m)に源を発し、人吉盆地にて球磨川本川と合流したのち、八代海へと注ぎます。流路延長は約62km、流域面積は約533km²に及び、球磨川水系の流域面積の約3割を占める最大支流となっています。

環境省が毎年7月に公表する水質調査結果で、川辺川は平成18年から19年連続で「水質が最も良好な河川」に選定され続けています。日本トップクラスの清流を誇るこの川には天然の鮎やヤマメが数多く生息し、体長30cmを超える「尺アユ」や「尺ヤマメ」が姿を見せることもあります。こうした豊かな自然環境から、釣り好きの間では“聖地”として親しまれています。

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国土交通省 九州地方整備局
八代河川国道事務所ウェブサイトより引用

「五木の子守歌」

川辺川の途中に位置する五木村は、標高1,500m級の山々が連なる九州山地の中にあり、村の面積の96%を山林が占めています。

五木村といえば、まず『五木の子守唄』を思い浮かべる人も多いはずです。その旋律には深い哀愁が漂っており、映画『南の島に雪が降る』の中で俳優の森繁久彌が切々と歌い上げていた姿は非常に印象的です。

歌詞にはさまざまな伝承がありますが、代表的なものをご紹介します。

おどま盆切り盆切り 盆から先ゃ居らんど 盆が早よ来りゃ 早よ戻る

おどま勧進勧進 あん人達ゃ良か衆し 良か衆ゃ良か帯 良か着物

おどんが打ち死だば 道端ゃ埋いけろ 通る人毎ち 花挙ぎゅう(通る人達が花を挙げてくれるだろう)

花は何の花 つんつん椿 水は天から 貰い水

おどんが打ち死だちゅうて(私が死んだからと言って) だが泣やてくりょか(誰が泣いてくれようか) 裏の松山 蝉が泣く

蝉じゃご座んせん 妹でご座る 妹泣くなよ 気に掛かる

この歌詞からは、十歳前後の女の子が三歳に満たない幼子をあやしている、そんな子守りの情景が浮かびます。

そこにあるのは、自らを「勧進(=他者の施しに頼らざるを得ない困窮者)」と卑下する姿です。恵まれた境遇にある「良か衆」の子供を背負いながら、埋めようのない身分の違いを突きつけられています。その絶望的な格差の前では、いつか「良か衆」側になれるといった夢想など、入り込む余地もなかったのでしょう。

どれほど努力を重ね、善を積んだとしても、神様も仏様も自分たちには手を差し伸べてはくれない――。

歌詞の端々に、そんな深い諦念が滲んでいるように思えてなりません。

川辺川の治水と未来

川辺川流域や人吉地方は、古くから激しい水害が繰り返されてきた地域です。明治から令和に至るまで、この水系は常に「想定外」の洪水に襲われてきました。

特に記憶に新しいのは、令和二年七月豪雨でしょう。停滞した線状降水帯により、流域は観測史上最大という記録的な豪雨に見舞われました。その雨量・水位は従来の想定を大きく上回り、球磨川本流から支流の川辺川に至る各地で、最高水位を塗り替える未曾有の氾濫となったのです。

濁流は家屋を飲み込み、JR肥薩線や国道、鉄道橋といった交通インフラを各地で寸断したほか、国宝・青井阿蘇神社の本殿周辺までが浸水するに至りました。熊本県内での犠牲者は六十五名を数え、地域の社会・経済に甚大な影響を及ぼしたこの災害は、後に激甚災害に指定されています。

甚大な被害をもたらした災厄を経て、現在の川辺川では「清流の維持」と「命を守る治水」の両立が課題となっています。この課題に対応するため、新たな「流水型ダム」の計画が進められています。

流水型ダムは、平時には水を貯めず川の自然な流れを維持することで、環境への影響を最小限に抑えます。一方、大雨などの増水時には一時的に洪水を貯留し、下流に流れる水の量を調節することで、流域の安全を確保する仕組みです。

また、河川区域だけでなく、山からの土砂流出や流木を防ぐための森林整備、砂防堰堤の建設など、多角的なアプローチが展開されています。

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熊本県葦北郡芦北長漆口(大瀬橋)付近
写真提供:国土交通省 九州地方整備局

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